感想「わたし、定時で帰ります。」”会社の飲み会は必要なのか?”

 

2019年4月から今春のTBSドラマ「わたし、定時で帰ります。」が始まった。

 

この物語は、定時の女と、モンスター社員の攻防劇だ。

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第1話あらすじ

主人公・東山結衣(吉高由里子)はWEB制作会社で働くディレクター。過去のトラウマから入社以来、残業ゼロ生活を貫いてきた。理由が無ければ帰りづらい風潮の中で、仕事中は誰よりも効率を追求し、生産性の高い仕事をし、定時になるときっぱり退社。行きつけの中華料理屋でビールを嗜み、恋人・諏訪巧(中丸雄一)との時間も大切にしている。
だが新任の部長が赴任したことをきっかけに、結衣の前に曲者社員たちが立ちはだかる。
ワーカホリックの結衣の元婚約者・種田晃太郎(向井理)、会社に住み着く非効率男・吾妻徹(柄本時生)、辞めたがりの新人男子・来栖泰斗(泉澤祐希)、仕事命の皆勤賞女・三谷佳菜子(シシド・カフカ)、双子を育てるワーキングマザー・賤ヶ岳八重(内田有紀)、そして悪気なくブラック発言を連発する部長・福永清次(ユースケ・サンタマリア)。彼ら曲者たちが抱える様々な問題に、結衣はどう立ち向かうのか──?

 

1話では冒頭シーンでこんな会話がある。

 

東山:定時の女

三谷:仕事命の皆勤賞女

 

東山「お疲れ様です。」

三谷「もう お帰りですか?」

東山「帰ります。」

三谷「1つ プロジェクトが終わったことですし、こう、打ち上げなどして後輩を、ねぎらわなくてもいいものでしょうか」

東山「ああ みんな早く帰りたいんじゃないですかね」

三谷「みんなで一緒に次のキャンペーンのことを考えたいと思うんです」

東山「発注来てからでも間に合うと思います お先 失礼します」

三谷「あのぉ…」

東山「失礼します。」

 

ここには大事な論点がある。

 

会社の飲み会は本当に必要なのか問題だ。

 

これは社会人なら誰もが考えるテーマだ。

 

三谷と東山。それぞれの立場から見ていきたい。




飲み会をしたい人、したく無い人

 

三谷の立場

「打ち上げなどして後輩を、ねぎらわなくてもいいものでしょうか」

会社の飲み会 = みんなが楽しめる場と思っているタイプだ。 

一昔前に「飲みニケーション」という言葉が流行ったように

飲み会でコミュニケーションを取ることで、人間関係のストレスを軽減し、働きやすい職場にしようと考えているタイプだ。

 

東山の立場 

「ああ みんな早く帰りたいんじゃないですかね」

会社の飲み会 = 楽しくない場と思っているタイプだ。

最近の若者の立場として、職場の人間関係とプライベートをはっきり分けたいタイプだ。

 

この2人は会社の飲み会に対する価値観が違うので、いつまでも平行線で交わることはない。

 

平成生まれの意見

 

Googleで「会社 飲み会」で検索してみた。

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会社 飲み会 行かない

会社 飲み会 強制

 

4月に飲み会に関してGoogleで検索する人は、新入社員か新入社員の歓迎会の幹事がメインだろう。

 

その中で飲み会に対してネガティブなワードが最初の方に出てくるということは、平成生まれの会社員は飲み会へは行きたくないという事が見てとれる。

 

某企業のアンケート調査結果でも、最近はますます飲み会へ参加したく無い社員が増えているといい、そのアンケート結果によると、飲み会へ参加したく無い社員の理由の以下のようだ。 

 

1位:気を遣う

2位:仕事以外で職場の人と関わりたくない

3位:お金がもったい無い

4位:時間がもったい無い

 

このアンケート結果は、飲み会へ参加したく無い立場の僕にはすごい良くわかる。

 

会社の飲み会は気を遣うのだ。

 

「決めた店が微妙だと文句を言われる」

「上司のグラスが空いたら酒を注がなければならない」

「食べ物は取り分けなければならない」

 

などと言ったストレスのかかる習慣を強要される。そんな飲み会を楽しいと思えないのは当たり前の話だ。

 

しかし、気を遣う風潮は昔からあったはずなのに、なぜ近年になって若者の飲み会離れが顕在化し始めているのだろうか?

 

それは時代の変化によるものだと僕は思う。

 

昭和 vs 平成、そして令和へ

 

昭和生まれは良く言う「昔は厳しかった」

 

義務教育課程で体罰は当たり前、職場でもパワハラは当たり前の時代。上司に気を使うのは当たり前だし、上司が部下に偉そうにするのも当たり前だった。

 

だからそんな環境の中で育ち、今になって上司になった人は部下に偉そうにするのだ。

 

本人は当たり前だと思っているし、部下が反発するなんて思っていない。

 

しかし、今は時代が違うのだ。

 

学校で体罰が露呈すれば免職。会社でパワハラが露呈すれば免職。そんな時代なのだ。

 

そんな制度の中で育ってきた若手は、上司や先輩に過度に迎合する習慣が無い。

 

だから、上司に酒を注いだり、食べ物を取り分けるなどといった些細な習慣でさえもストレスが溜まるのだ。

 

「とくダネ!」のワンシーンを思い出した。

 

アナウンサーの小倉智昭キャスターと社会学者の古憲寿氏のやりとりだ。

 

【日焼け止めについて議論がされた時の会話】

古市氏「こんな暑い中、外に出るって、本当におかしいんじゃないかっていう。だから、こんな暑い中、運動とかしている人ってバカなのかなって」

小倉氏「あのね、労働者やスポーツ選手をバカにしているのか君たちは」

古市氏「いや、だって、この中で運動とかするっておかしくないですか

小倉氏「ボクらの時代だって真夏、水飲めない時代ですよ。走って気分が悪くなって倒れるとバケツで水かけられて、めちゃくちゃな時代を生きてきたから。熱中症とか信じられないんですよ

古市氏「昔の人は頭が足りなかったんですかね

 

古市氏は平成生まれでは無いが、現代人の考えに非常に近い。

 

お互い育ってきた環境が違うので、どちらかが寄り添わない限り交わることはない。

 

言わば異文化交流なのだ。

 

上司・部下はどうするべきなのか?

 

前述した通り、お互いの意見は交わらない。ではどうしていくべきだろうか? 

 

上司はどうするべきか

 

選択肢1:「飲み会を開催しない」

 

1つ目の選択肢として「飲み会を開催しない」という選択肢がある。

 

これは若者に寄り添う選択肢だ。若者は飲み会には参加したくないのだから飲み会を開催しないのだ。

 

選択肢2:「偉そうにするのを止める」

 

偉そうな態度をする限り、若者は飲み会に来たがらない。

 

貴重なお金と時間をかけて、上司に説教され、店員のように気を遣って接待をしなければない飲み会に行きたいだろうか?

 

上司はより若手にフラットな立場で接する必要があると思う。

 

「説教はしない」「飲み物は自分で頼む」「店が微妙でも幹事をやってくれたことに感謝する」「多少舐めた口調でも飲み込む」

 

そういった若者への歩み寄りが必要だと思う。

 

若者はどうするべきか 

 

選択肢1:「飲み会へ参加する」

 

これは上司へ寄り添う選択肢だ。

 

上司に文句を言われても、説教をされても我慢する。飲み会自体を終始苦痛だと思っても参加する。

 

しかし、もしかしたら仕事に関して学べることがあるかもしれない。逆に上司との関係がよくなり、働きやすくなるかもしれない。その可能性を信じて参加してみる。

会社の飲み会は必要なのか問題

 

ここまで読んで下さった方には申し訳ないが、この話に記事に結論はない。

 

若者は「飲み会は不要だ!」と思う一方で、上司は「飲みニュケーションは必要だ!」と思う。

 

どちらも正しいし、どちらも間違っている。

 

昭和生まれ上司が言う通り、会社において働きやすい環境を作るために、仕事以外の話をすることは重要だと私は思う。

 

共通の趣味や趣向が見つかり、上司と部下という関係だけでなく、人と人としての関係性を築くことができる可能性がある。

 

しかし、若者の言う「飲み会は不要だ!」説も分かる。

 

飲み会という形でなくとも、フランクな雑談もできるような職場であれば、飲みニュケーションのための飲み会を開催する必要はない。 

 

これを読んでくれた方がどちらの上司・部下どちらの立場なのかはわからない。

 

ただ、きっと今の時代はこの昭和生まれの上司と平成生まれの部下と言う構造になっているからこういった問題が顕在化されているのではないだろうか。

 

あと10年,20年すれば平成生まれの上司ばかりになるだろう。

 

そうなれば、平成生まれの上司と平成生まれの部下の構造となり、飲み会は開催されなくなるのではないだろうか。結果はわからない。

 

しかし、これからの令和時代はロボット・AIがどんどん普及し、ますます根性論のような概念がなくなっていくだろう。

 

そうなった時、ますます「会社の飲み会」は無くなっていくのではないだろうか?

 

と僕は思う。




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